ド級戦艦期
戦艦 河内 1912-1918
2014年制作・F6サイズ
帝国海軍初のド級戦艦で、なおかつ初の2万t越えの戦艦でした。
30センチ砲連装6基12門でしたが、中央の砲が45口径、前後が50口径と異口径だったため射撃管制を統一できず、
運用時には50口径側の装薬量を調整することで、主砲弾の初速を調整して運用しました。
「河内」は1918年7月12日徳山湾に停泊していた海上で、突如大爆発を起こし、わずか4分で沈没着底しました。
総員1,020名のうち621名の乗員が退艦の猶予もなく殉難しました。
30センチ砲連装6基12門でしたが、中央の砲が45口径、前後が50口径と異口径だったため射撃管制を統一できず、
運用時には50口径側の装薬量を調整することで、主砲弾の初速を調整して運用しました。
「河内」は1918年7月12日徳山湾に停泊していた海上で、突如大爆発を起こし、わずか4分で沈没着底しました。
総員1,020名のうち621名の乗員が退艦の猶予もなく殉難しました。
戦艦 摂津 1912-1945
2012年制作・F6サイズ
「ドレッドノート」完成を受けて建造された、帝国海軍唯一の初の国産ド級艦(厳密には準ド級艦)です。
第一次世界大戦では、主力として実戦を経験しました。
ワシントン海軍軍縮条約後は全武装を撤去し、無線操作で航行できる標的艦に改造されました。
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