準ド級戦艦期
戦艦 香取 1906-1923
2013年制作・P15サイズ(売約済み)
日露戦争以前に海軍力増強のためイギリスに発注された当時最新設計の戦艦でしたが、日露戦争には間に合いませんでした。
三笠を拡大改良した艦形と装備でしたが、速力向上と主砲塔付随の揚弾装置などが新型で、戦艦としての機能は大きく向上していました。
大正天皇が皇太子の時には韓国行幸の御召艦に、昭和天皇が皇太子の時には初のヨーロッパ行幸の御召艦となったエピソードがあるなど、他艦にはみられない栄誉ある経歴を持っています。
三笠を拡大改良した艦形と装備でしたが、速力向上と主砲塔付随の揚弾装置などが新型で、戦艦としての機能は大きく向上していました。
大正天皇が皇太子の時には韓国行幸の御召艦に、昭和天皇が皇太子の時には初のヨーロッパ行幸の御召艦となったエピソードがあるなど、他艦にはみられない栄誉ある経歴を持っています。
巡洋戦艦 筑波 1907-1917
2012年制作・F6サイズ
日露戦争で失われた「初瀬」「八島」の代艦として呉海軍工廠にて建造された、初の国産大型戦闘艦でした。
当初は装甲巡洋艦でしたが、後に主砲を戦艦と同様のものに改めたことで日本初の巡洋戦艦となりました。
この艦型から艦首の衝角(ラム)が無くなりました。
戦艦 薩摩 1910-1923

2013年制作・F20サイズ
戦艦「香取」の設計をベースに、新たな技術的挑戦として純国産に挑んだ記念すべき戦艦です。
完成の暁には、当時の世界基準に匹敵する戦艦になるはずでしたが、建造中に「ドレッドノート」が竣工したことで、
竣工前から旧式艦の烙印を押された悲運の艦でした。
巡洋戦艦 鞍馬 1911-1923
2013年制作・F20サイズ

2012年制作・F6サイズ(売約済み)
日露戦争中に「筑波」型の強化改良版として、装甲巡洋艦として建造されました。
本艦はレシプロ機関を積んだ最後の艦ですが、帝国海軍では初となる三脚檣を備えた大型艦という新旧の設計思想が混ざっていました。
「筑波」型と同様に、後に巡洋戦艦に類別されましたが、「ドレッドノート」や「インヴィンシブル」が竣工していた当時の世界水準からみると、
旧式艦のレッテルを拭い去れないまま、ワシントン海軍軍縮条約を受けて廃艦となりました。